琵琶湖伝68「孫六の自慢」
「本当に一日のうちで何人も切られて、怪我をしたり、死んだりで、守勝は家康様から補佐役として直政様に付けられた身、注意や指導をするのだが、そのたびに守勝にも切りかかり、守勝は毎日、家族と水杯をして出仕するそうだ」
梶金平が木俣守勝の苦労をかたる。
「普通だと大げさに聞こえますが、直政様を見たあとだと、さもありなん、と思いますな。ところで、木俣様と梶様は、昔からのお知り合いだったのですか」
と正英が梶金平の話を受け、疑問を問う。
梶金平は、自分でついだ酒をグイと飲み、
「ハハハッ、守勝もわしも今年で51歳。三河の幼馴染よ。あいつは子供の頃から、正直、誠実、思い込んだら命がけの人間でな、18くらいの時、自分の実力をもっと高めたいと、国をでてな。わしも忠勝様も止めたのだが、思い込みの激しいやつだから、三河の夕陽だけじゃない、いろんな国の夕陽にむかって走りたいんだ…などと意味不明のことを口走って、隣国の尾張の方に走っていったよ…」
今度は正英が、梶金平に酒を注いだ。
梶金平は一息で飲み、話を続ける。
「そのあと、十数年経って、信長様が信濃より攻め入り、甲州(甲斐 今の山梨県)まであっというまに侵略してな、攻められた武田勝頼様は甲斐の天目山で自害、武田家が滅亡した(1582年)…それで大勝利の信長様は、帰りは東海道を通られた」
「信長様を実際に見たことがあるのですか」
正英が興味津々といった顔で聞いてくる。
「やせて色の白い方だったよ。神経質そうでな…織田家の方々は、みんなピリピリして信長様の顔色を伺っていたな」
梶金平がなつかしそうにいうと、
「わいは信長様に鉄砲を撃ちかけたことがあるんや」
と孫六が突然信じられないことをいいだした。
「あの大阪の石山合戦…天王寺砦の戦いか」
梶金平が真剣なまなざしになっていう。。
「そうどすがな。わいは二十歳や。兄貴(雑賀孫市)の率いる雑賀の鉄砲衆の一員として、本願寺の坊さま達を信長様から守るために、一向門徒として参加したんや」
孫六は自慢げに梶金平と正英を見まわした。
以下69に続く


おめでとう御座います。
もう、三日から創作ですか・!
素晴らしいですね!
僕はTVの歴史関係のドラマn録画、
古代史の想像・・後は寝てばかりです。
雑賀衆は興味の在る部族です。
二年ほど前に、雑賀に行く計画があったのですが、都合で、根来寺に行きました。
根来衆も根来寺も、歴史的には有名なお寺
ですが、紅葉で有名です。
僕の家からは、5時間ほどで行きかえりが可能な距離です。
春になれば、また 歴史の探索を続けたいと思っています。
冬の方が 空いてて良いのですが・・
写真の事を考えると、桜や新緑の季節が良いと思っています。
touyouさんの写真も拝見しました。
浮御堂は訪れたころを思い出して
懐かしく思いました。
今年も宜しく、又、来ます。
投稿: 歌う カエル | 2007年1月 4日 (木) 21時11分
根来衆も根来寺も、歴史的には有名なお寺
ですが、紅葉で有名です。僕の家からは、5時間ほどで行きかえりが可能な距離です。
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うらやましいです。私は文化的歴史的に今一歩の地域に住んでいるので、本当にうらやましいです。今年もよろしくお願いします。
投稿: touyou | 2007年1月 5日 (金) 12時36分