第二部琵琶湖決戦編124「奥義 木の葉がえし」
第二部琵琶湖決戦編124「奥義 木の葉がえし」
暗報は、義父を殺したその足で東命寺に戻り、翌朝、師匠であった久育(きゅういく)に茶をだす。
師匠久育の死体を発見したのは、修行僧であり、苦悶の表情を浮かべて死んでいるそのそばで、うまそうに茶をすする暗報の姿を見た。
暗報との実力差を知る修行僧は、賢明にも急いでその場を離れ、
「久育様が暗報に殺された」
と大声でわめきまわった。
その声に応じ、何名もの僧が暗報を探す。
そのなかの四名のものが、悠然と山を下っていく暗報を発見し追いかける。
暗報は、四名の追っ手が近づくのを待って、何十枚もの木の葉を宙に投げ上げた。
「木の葉がえし」
という東命寺派奥義のひとつで、木の葉にしびれ薬をしみこませ、風上から風下の相手に放つことで、その葉に触れるか臭うかした相手を、しびれ薬で身動きのとれない状態にする技である。
賢明なる読者は、技をかけるものも己の毒で傷つくのではと思われるかも知れないが、毒使いの奥義を極めたものなら、よほどの死に至る毒以外には耐えられるのである。
だから風上に立てる道を暗報はわざわざ逃げていたのであり、追っ手がくるのを期待していたのだ。
「木の葉がえし」を受けた追っ手達は、気を失いその場に倒れる。
暗報は、倒れて動けない四人の頚動脈を掻き切って絶命させ、
「ヒヒヒヒヒヒッ」
と奇妙な高笑いをして、高雄山をあとにした。
そして「木の葉がえし」の技を最後に、暗報の姿は消えてしまう。
高雄山東命寺派は暗報を破門し、暗報への刺客を放つが、暗報の行方がしれないだけに、刺客もなにもあったものではなかった。
では、暗報はどこに消えたのか。
暗報乱心の噂を聞きつけた、暗器師烏丸中将成幹は、自身の家臣に命じ全力を挙げて暗報を捜索した。
この稀代の毒使いを、己が掌中にしたいというのは、暗器師として当然の思いであった。
運よく東命寺派のものより早く、紫野の大徳寺近くの荒れ寺に潜んでいた暗報を発見した烏丸中将成幹は、己が邸宅にかくまう。
それから十八年、今は暗報は五条橋からやや下ったところの民家をねぐらに、烏丸中将成幹の何年かに一度か二度の暗殺の依頼を実行したり、浪人姿に編み笠で顔を隠し、烏丸中将成幹の護衛役などをして暮らしていた。
その暗報に正英と良之介暗殺の命令がくだったのは、草津の街道で二人を待ち伏せする前の日のことだった。
指令を伝えにきたのは、烏丸中将成幹の片腕、宮内平蔵(みやうちへいぞう)であり、そのまま二人は京をでたのであるが、宮内平蔵のことは次に書くとして、その指令を忠実に実行し正英と良之介を気絶させた暗報は、
「ヒヒヒヒヒヒッ」
と十八年前に高尾を去るときと同じ笑いをし、一本だけ差している刀を面倒くさそうに抜く。
暗報は、風を計算しながらじっと、正英と良之介とおぼしき者たちを待っていたのだ。
二人が見えたとき、暗報は秘伝のしびれ薬の液をいれた小瓶のふたを開け、己の体全体に、外からは見えぬように着物の裏からふりまいたのだ。
正英と良之介が「くさい」と感じたのは、しびれ薬の臭いであった。
刀を抜いた暗報は、まず二、三歩前に仰向けに倒れている正英の傍らに寄った。
正英の頚動脈を断ち切ろうと、刀を首筋にあてようとした瞬間、正英の眼があき、
「俺に毒は効かぬ」
というや、暗報に点欠した。
暗報は、一瞬のことに、驚いた表情のまま刀を下にし、中腰の姿勢で固まってしまったのである。
以下125に続く


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