第三部江湖闘魂完結編155「元気です真田です」
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第三部江湖闘魂完結編155「元気です真田です」
「突きまくって突きまくってガンガンやりで、グハハハッ」
「やはり、お若い。麿(まろ)はもう六十と三つあまり。とてもそのような元気は」
「何の何の、南野陽子。わしとてもう五十五歳。から元気でござる」
「で、そのあとは私がガンガン突きまくりで、腰をいれてしっかり突きました」
「まぁ、そのあとは息子殿が、親子そろってがんばりますなぁ。ホホホホホッ」
扇子を口にあてながら笑うのは、従一位右大臣菊亭晴季(きくてい はるすえ)である。
話は若干さかのぼり、一六〇二年十月の終わり。
場所は紀州九度山の真田庵。
すでに冬の足音が聞こえる山の秋の夕暮れ。
真田庵に集いしは、菊亭晴季とこの庵の主である真田昌幸と息子の幸村、そして三名から離れて護衛役の猿飛佐助が座っている。
真田父子は、菊亭の訪問を自分たちが捕まえた、いのししの鍋で迎えた。
そして、檻(おり)の中にエサを置き、いのししを誘い込んで檻を閉める仕掛けの話をし、さらに檻に入ったいのししを出来るだけ傷つけずに殺すため(良い肉を得るには、槍の一突きで殺すのが最良。鉄砲などでいのししの部位を損傷させるのは下の下の狩猟法である)に槍をどう突いたかを、
「突きまくってガンガンやり(槍)で」
としゃべっていたのである。
今読んでて、変なことを考えた人いませんか―。
元に戻りま―す。
江戸時代に作成された『真田家系図』に拠れば、真田氏は清和源氏の発祥で、数代を経て昌幸の父幸隆の時代に信濃真田郷を領して以後、真田姓を名乗るようになったという。
もともと京都の公家とつながりの深い家柄であり、昌幸は菊亭家ゆかりの娘を妻としていて、菊亭家とのかかわりは古くからあった。
ただ、いくらかかわりがあっても、真田父子は徳川家により、紀州九度山に幽閉されている身である。
菊亭家と真田家のあいだで自由な往来など出来るはずがない。
菊亭晴季は、高野山参内の名目で京を出て、高野山の通り道にあたる九度山の真田庵にひそかに入ったのである。
なぜそこまでして、紀州に来たか。
真田父子に、「信長の遺書」の探索と事あるときは豊臣家のために再度立ち上がってくれることを、頼みにきたのである。
言い換えれば、わざわざこの一六〇二年の十月の終わりに危険を冒しても、紀州に来なければいけない事情が菊亭晴季にあったのである。
それは徳川家康の源氏長者と征夷大将軍任命への動きの活発化であった。
来年の初めにも詔(みことのり)が出る可能性があり、最後の詰めのため、現在駿府にいる家康自らが、十一月か遅くとも十二月までに天皇に内密に拝謁し、会談をするという情報が菊亭の元にもたらされたのである。
ただその情報は朝廷内では公然の秘密であり、既定の路線ともいえるものだった。
ここで菊亭晴季について述べれば、秀吉に関白任官をもちかけ、その功績で秀吉から従一位をもらた男であり、豊臣と朝廷のパイプ役であった。
関白は、百官を統率して政務万端を行なう。
天皇の代理を務める摂政と、実質的には違わない。
摂政は、天皇の宣命を代書することが許される。
関白には、それができない。
摂政と関白の違いは、それだけのことである。
関白になることができたのは、日本史上藤原氏以外に豊臣秀吉とその甥の秀次の二人しかいないのであった。
つまり、菊亭は氏素性がこれほどはっきりせず、超のつく成り上がり者である秀吉を、日本一尊い豊臣家に作り変えた手品の仕掛け人であり、実行者であった。
秀吉が褒美に菊亭に従一位をやったのは、当然のことである。
しかし、今はどうか。
秀吉は死に、関ヶ原以後、時代は徳川であり、朝廷内では徳川のパイプ役勧修寺晴豊の勢いに押され、また反徳川派の首魁、関白九条兼孝は武家嫌いで、豊臣とも距離を置こうとしていた。
歴史という大河の大きなうねりの中で菊亭は、岸に打ち上げられた魚であった。
もう一度、水を求めるためには、家康に対抗できる力を豊臣が持つしかない。
しかし大阪城の幼い秀吉の遺児秀頼のまわりには、軍事的にも政治的にも実力ある者がいない。
来年にはあろう、徳川家康の源氏長者と征夷大将軍任命の詔が出るまでを座して待つことなど、菊亭に出来るはずがなかった。
もし「信長の遺書」が手に入り、さらに真田父子が豊臣家の支えになってくれたら、これほど心強いことはない。
真田父子は、菊亭にとって最後の頼みの綱であった。
「今の状況は革命でおます。信長のパープリンが死んで秀吉さんは、公家側の関白さんでがんばってくれはった。日本古来の公家の祭り事の時代が到来したんです。それをあの勧修寺が狂ったように徳川家康こそ日本を救うお方、源氏長者と征夷大将軍任命をと歌いまわってとうとう、任命直前の段階になっておる。パートヨ(はるとよ)の武家びいきは朝廷の存在意義を消し去るものでおじゃる」
菊亭は、真田父子を前に、ため息まじりに言ったのである。
家康の源氏長者と征夷大将軍任命の話を聞いて、真田父子は驚く。
「家康のカスが征夷大将軍になって幕府を開けば、朝廷以上に豊臣の存在意義は消えていきますな」
昌幸がいった。
「そうでおじゃる。麿も豊臣もバッタンキュ―と倒れて終わり。昌幸がもう一暴れといっても、お前も何もできぬよな」
菊亭はわざと昌幸を挑発し、昌幸のケダモノじみた闘争心に火をつけようとした。
「誰ができねぇんだあよ」
もう一人のケダモノ、息子の幸村が乗ってきた。
「できはるなら是非、豊臣のために一肌脱いで下さらんか。豊臣とてこの状況を指をくわえて見ているわけにはいかんからな」
「任せなさぁーい」
真田父子は、同時に、右手を高々と挙げて同意した。
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