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2007年7月14日 (土)

第三部江湖闘魂完結編156「信濃忍法さるとび」

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第三部江湖闘魂完結編156「信濃忍法さるとび」

「ならばもし合戦となった場合、敵に持たせず、こちらが絶対に手にいれたいたいものがおじゃるのだが」

(豊臣への尽力依頼は、うまくいったわ)

菊亭は内心のうれしさを隠して淡々という。

「信長の遺書ですな」

幸村がいえば、

「ほしいよな。天下無敵になれるのだから。大田牛一が持っているというが、大田がどこにいるのか」

昌幸が嘆息まじりにいう。

菊亭が、

「長岡の寺でらや嵐山の天龍寺あたりに住んでいたということまでは、調べたのだが、わしの手のものの力ではそこまでだった」

とまたも「エサ」を撒いた。

「菊亭様の御家来衆でそこまで調べられるなら、ここにいる猿飛は確実に太田を探せますな」

昌幸が笑いながら答えた。

(本当によく食うわ、こいつら)

そう思いながら菊亭は、表向きは下手に出る。

「御協力願えますか」

「任せなさぁーい」

父子はまたも右手を高々と挙げた。

「ありがたい。感謝でおじゃる」

(これでここまで来た甲斐はあったな。「信長の遺書」の探索と豊臣家への尽力の依頼、両方アッという間に終わったわ)

そうほくそえみながら、眼からはウソ涙。

「泣かんで下され」

真田父子はなんと、もらい泣きをした。

昌幸は涙で鼻水まで垂らしだしたが、幸村はすぐに涙をふき、

「菊亭様、この猿飛をお貸しもうす。いかようにも使って下され」

そういった瞬間、幸村は脇差を抜き天井に投げた。

天井に刺さった脇差を通して、血が畳に滴り落ちてきた。

その時には、もう猿飛は、庭に飛び出していた。

夕暮れのうす暗がりのなかで、脇差が刺さったか、右肩を押さえながら、凄まじい速さで逃げていくひとつの影を、猿飛の眼は即座に捉えた。

その距離は三百五十メートル。

猿飛は、右後方の楠の大木に向かい走った。

そして木に飛び蹴りをする。

木にあたる衝撃から来る弾性力を利用し、その反作用をエネルギーに変えて、猿飛は空中を飛んでいった。

これぞ甲賀流信濃忍法の奥義「さるとび」である。

発射角度四十五度で空中に飛び出した猿飛は、地上四十メートルほどで、姿勢を立て直し、地面と水平にして逃げる曲者を追尾した。

すぐに追いつくと、頭を下向きにして急降下をしながら、十数本の手裏剣を曲者に向かい投げかけた。

まさか鷹のように人間が空から襲ってくるなどとおもっても見なかった逃走者は、何本もの手裏剣を受け、猿飛が着陸したときには、すでに虫の息であった。

猿飛は、どこぞの者かと聞こうとも思ったが、徳川の忍び者であることは聞くまでもないことで、絶命を待って眼を閉じてやり、また「さるとび」の術を使い真田庵に飛び戻って行った。

死んだのは、猿飛の予想通り徳川の伊賀忍者であった。

名は、河田無為二郎三郎(かわだ むいじろうさぶろう)、通称「カムイ」と伊賀者の仲間内では呼ばれていた男であった。

当然だがあの有名な抜け忍カムイとは別人である。

京都所司代付きの伊賀者であり、菊亭晴季という今や宮廷内の政治から疎外されつつある人物への監視役として、一人その任に着いていた。

その仕事に忠実な河は、京都を離れた菊亭を追い紀州真田屋敷まで来て、この悲運にあったのである。

松尾芭蕉の俳句に、

野ざらしを

心に

風のしむ身かな

というのがあるが、まさに忍びの者への鎮魂歌である。

カムイもまた野ざらし(行き倒れとなり、野に白骨となっている有様のこと)になるしかないのだ。

猿飛が眼を閉じてやったのは、同じ忍びの世界に生きるものとしての礼儀であった。

隠密同心心得の条

「死して屍(しかばね)拾う者なし。死して屍(しかばね)拾う者なし。死して屍(しかばね)拾う者なし・・・・・・」

以下157に続く
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